【映画ロケ編】
第6話「田園のマスカレード」
第7話「煉獄の館」
私の初登板回。
ホン作りの進め方としては、まずPAさんの方からざっくりしたネタと方向性が提示される。
今回の場合は「真希がメイン」「映画ロケ」「空き家問題」。
落語の三題噺のようなものだ。
ここにシリーズ構成横谷さんの全体の流れを踏まえた意向も組み込み、一本の話としてまとめていく。
なお我々チームは、ストーリー以前に各回のテーマについてかなり長い時間話し合う。
映画ロケが地方にもたらす功罪とは?
空き家を解消するには?
それこそ地方の公民館あたりで散々行われているであろう議論を、我々も当事者のごとくぶつけ合うのだ。この「当事者意識を持った議論」こそ、他の作品にはない重要な工程である。
主なホン打ちメンバーはPAワークス堀川社長、菊池専務、相馬P。東宝JUMBO齋藤P、たまに古澤氏、ごくたまに山内氏。芳文社堀江氏、新井氏。増井監督。ライター横谷氏、そして私。
ある程度議論が熟したところで、ようやくドラマ部分を練っていくことになる。
ここからが担当ライターにとっての正念場である。与えられたテーマを織り込みつつ、いかにしてキャラを動かし、面白くしていくか。
幾度ものスクラップ&ビルドと紆余曲折を経てプロットから初稿、決定稿へと至るわけだが、その変遷に興味のある方のためにこっそり初期プロットを掲載しておこう。関係者に怒られたら削除するので悪しからず。
なお柳子とは正式決定前の織部千登勢である。
『サクラクエスト』6、7話プロット(16/01/02)
間野山に映画のロケ隊が来るという噂を聞き、はしゃぐ由乃やしおりら。以前から観光協会主導で話を進めていたらしい。「私エキストラやりたい!」「これで観光客増えたりしないかなあ?」
だが監督の名前を聞いた途端、浮かない顔になる真希。
丑松はというと既に台本を受け取り、セリフ付き出演も決まっていて上機嫌である。監督は割とコロコロと言うことが変わるタイプで、自身で脚本を書いているせいもあり、これまで内容が二転三転した経緯がある。前の稿では痛快アクション劇だったが、今は自然豊かな地方を舞台にした人情系の映画ということで落ち着いている。
その監督がロケハンに訪れる。アテンドする由乃としおり。監督が間野山を選んだのは以前見た写真集の一枚がきっかけらしい。風情のある民家が並び、その向こうには緩やかな山裾が広がっている。いかにも画になる場所だ。
「あの場所に連れて行ってもらえないかな?」
写真集と同じ場所に案内する由乃。しかしそこはもはや空き家だらけになっていた。家は人が住まなくなると急速に朽ちていくものである。かつての趣などなく、今にも倒壊しそうな家屋ばかり。
「す、すみません……イメージと違うかも知れませんが……」
「いや、いい!これでこそやり甲斐があるってものだよ!インスピレーションが降りてきた!」
やり甲斐とは何のことだろう。気になる由乃だったが、それよりも監督にお願いしたいことがあった。
「あの、私の友達で東京で役者やってた子がいるんです。もし良かったら出演とかお願いできないでしょうか。彼女、喜ぶと思うので」
「ふーん。どんな子だい?」
真希の写メを見せる由乃。監督がわずかに反応する。見覚えがあるらしい。
「……いいよ。話は通しておくから後は助監督とやり取りしてくれるかな?」
「ありがとうございます!」
早速、真希に報告する由乃。
「セリフ付きで結構いい役もらえるみたいだよ!頑張ってね!」
だが真希の反応は予想外のものだった。
「誰もそんなこと頼んでない!余計なことしないでよ!」
真希は役者を諦めて帰郷したことになっているが、それは食べていくことを諦めたのであって役者自体をイヤになったわけではないはずだった。なのにこの反応は何なのだろう。理由が分からず、凹む由乃。
クランクインの日が迫ってくる。役者も続々と現地入りしてくる。にわかに活気付く町。やはり自分の町に有名人がやって来るのはテンションが上がるものだ。しかも現地のエキストラにもちゃんと衣装合わせまでしてくれる。丑松は町の名士役。仕立ての良い着物が用意されているかと思いきや、何故かボロボロの衣服を着せられる。顔は土気色のメイクで目の下にはクマも施される。
「なんじゃなんじゃ、これでは死人みたいじゃないか」
「いえ、厳密には死んでいないのでオーケーっす」
スタッフとのやり取りが微妙に噛み合わないのが気になるが、それよりもいつの間にか女房役で柳子が選ばれていることに立腹する丑松。
「何でこんなババアとワシが共演など!」
「こっちのセリフだよ!あたしゃ○○(主演男優)と共演できるって聞いたのに!」
「鏡見てから言え!」
由乃は監督に先日の真希のことを報告する。
「すみません、こちらから頼んでおいて……」
「……やっぱりな」
「え?」
監督と真希には実は因縁があった。かつてある映画(ドラマおでん探偵ではない)を監督が撮る際、オーディションで真希が抜擢されたことがあった。脇役とはいえ主役とほぼ行動を共にする重要な役だ。
「だが、いざ撮影が始まるとアイツの芝居には大きな問題があることが分かってね……」
例の空き家群の前で物思いに沈んでいる真希。先日から真希のことを心配していたしおりがやって来て話を聞く。ぽつりぽつりと昔のことを語り出す真希。
「しおりちゃんは知らないかな。昔あの家に一人で住んでたおばあちゃん」
15年ほど前。小学校の帰り道にある老婆の家に真希はよく遊びに行っていた。内気で友達の少ない真希はしかしおままごとが大好きだった。色んな役柄を披露する真希を老婆は嬉しそうに眺め、そしていつも褒めてくれた。
「真希ちゃんは本当にお芝居が上手だねえ。べっぴんさんだし、将来はきっと大女優だ」
その言葉で自信を得た真希は家族の反対も押し切り、家出同然で上京した。しかし現実は厳しく、小劇団の売れない役者生活が続いた。
「そんな時にまたとないチャンスが来たんだ」
それが例のオーディションだった。野心に溢れる真希は主役を食ってやろうという意識がどこかで働いていたのかも知れない。そこを監督に見透かされてしまった。
「自分のことしか考えない役者なんか要らん!今すぐ出ていけ!」
ある意味、真希の役者人生に引導を渡したのがあの監督だったというわけだ。
「焦ってたんだ……。結果出さなきゃ、早く有名にならなきゃ、って」
「役者はもうやらないの?後悔してるんでしょ?」
答えない真希。「……おばあちゃん、どうなったの?しおりちゃん何か知ってる?」
しおりによれば老婆は数年前に息子夫婦に引き取られ、都会に移ったらしい。今も生きているかどうかは分からない。
「真希さん、出るべきだよ。ここがロケ地なんだからおばあちゃんもきっと観てくれるよ」
「でも……」
監督から経緯を訊いた由乃。監督としては真希にその気がまだあるのならもう一度チャンスを与えてもいいかと思っていたようだ。
「話は分かりました。私も真希さんには役者をやって欲しいです。彼女、きっと後悔してると思うし……」
「いいや、現にアイツはまた逃げた。その程度の決意だったってことだよ」
「私が説得してでも連れてきます!」
「いやいや、何で君がそこまで……。ああ、何なら君でもいいよ。ここの国王なんだろ?」
などとやり合っているところへ、「私、やります!」と真希が現れる。
「私にやらせて下さい、監督!どんな役でも私、やりますから!」
フッと微笑む監督。「どんな役でも、と言ったな?」
いよいよクランクインの日が来た。出演は決まったものの、真希にはとうとう台本は渡されなかった。きっとセリフもないただの通行人程度なのだろう。それでも仕事としてきっちりやろうと現場に臨む真希。
丑松の出番が来る。スタッフが例の死にかけのメイクをする。
「じゃ、僕がきっかけを出しますんで、うめき声を上げながらゆっくりあっちから歩いてきて下さい」
「は?町の名士がうめき声?そもそも何でこんな恰好なんじゃ?ワシはどこでセリフを言えばいい?『まあまあ待ちなさい、若いの』ってセリフあるじゃろ?」
「いえ、うめき声だけで結構です」
「ワシは一体何の役なんじゃ!」
「何って……ゾンビですけど」
実はロケハンの後に監督が急遽台本を書き換え、人情ものがゾンビものに変更されたのだった。新しい台本をスタッフが観光協会に送ったはずが手違いで届いていなかった。
「ふざけるな!ワシは降りるぞ!」
丑松が降板したところで大勢に影響はなく、撮影は続行される。
「火の始末だけはしっかり頼むぞ!後は知らん、帰る!」
「え……火の始末って、何のことですか?」
不審に思う由乃ら。実は台本には空き家を一軒丸ごと焼き払うシーンがあるのだった。それはまさに老婆が住んでいた家だった。台本は二転三転したものの、そこだけは当初からの既定路線として観光協会も了承済みだという。
納得がいかない由乃。後日、丑松らと空き家問題について議論する。地方において空き家は深刻な問題である。更地にすると固定資産税が6倍に跳ね上がるため、所有者はなかなか解体に踏み切ろうとしない。結果、倒壊寸前の危険な家屋が放置されることとなる。特に雪国では雪の重みでいつ倒壊してもおかしくない。だが私有財産である以上、自治体が無断で処分することも出来ない。近年の法改正で強制的に撤去することも可能にはなったが、クリアすべき条件も多く、何より予算が必要となってくる。
「費用は向こうで持ってくれるんじゃ。所有者とも話をつけてくれるというし、こっちとしては一石二鳥じゃからな」
理屈では分かる。しかし釈然としない由乃。
「何か他に有効な利用法とかないんでしょうか。例えばリフォームして移住希望者に安く提供するとか」
「その金はどこが出すんじゃ?自治体か?それが出来るならとっくにやっとるわい」
何をするにも金が要るという現実。では取り壊した後はどうするか。少なくとも映画スタッフには関係のないことである。名案が浮かばず、悩む由乃。
一方の真希はスタッフから最新の台本をもらい、同じく悩んでいた。真希は人間の役だが、ゾンビになったと思われた母親が実は生きていて無事に再会することになっている。燃えさかるあの家をバックに満面の笑みを浮かべなければならないのだ。
「そんな芝居……出来ないよ……」
しおりもまた空き家の取り壊しには複雑な思いがあった。家はただの箱じゃない。そこに住んでいた家族の歴史と想い出が詰まっている。邪魔になったからといって安易に取り壊すのが正しいのだろうか。由乃もその想いに共感する。
「私も……田舎を捨てた身だけど、これが自分の実家だったらやっぱりイヤだと思う」
「真希さんもきっと同じ想いだと思うよ。この家ってね……」
真希の老婆との想い出を由乃に語るしおり。由乃は台本で真希の役柄を知っている。きっと彼女はまともな演技が出来ないだろう。彼女のために自分は何をしてあげられるのか――。
後日、いよいよ空き家を焼き払うシーンの撮影が始まる。燃えさかる家から命からがら脱出した母親と再会し大いに喜ぶ娘、というシーン。撮り直しは利かないので入念にリハーサルを行うことに。だが何度やっても真希はNGを連発してしまう。この家がなくなることを想像しただけで泣きそうになってしまうのだ。現場スタッフのイライラも募ってくる。
「監督、このままだと今日中に撮りきれないですよ!代役使いましょうよ!」
「……いや、代役は使わない」
「じゃあ本番行きますよ!いいですね?もう時間ないんで」
辛抱強くテイクを重ねていた監督もついに折れた。
「じゃあ次、本番!よーい……」
家に火が放たれる。もはや演技どころではない真希。その視界に飛び込んできたのは思いもかけない人物だった。野次馬のなか、由乃の隣に立っているのは――あの老婆だった。由乃が家の所有者の消息を辿り、無理を言って連れてきたのだった。あの頃と同じようににっこりと微笑む老婆。
「おばあちゃん……」
「スタート!」
燃えさかる家からヨロヨロと母親役が出てくる。「お母さん!」と駆け寄り、心の底から泣き笑いをする真希。
「カットォ!!OK!」
映画は無事クランクアップを迎えた。監督は真希の芝居を認め、「また東京でやらないか」と誘う。
「せっかくのお誘いですが……私はしばらくここでやっていこうと思います。ここにはきっと、まだ大事なものがあるはずですから」
一方の由乃は取り壊し後の更地の利用法について名案を思い付く。
(具体的にまだ浮かばないのですが、移住者が増えるような施策?観光客が増えるような施策?あるいは間野山を映画のロケ地として有名にしていくきっかけとか)
<了>