サクラクエスト

少しずつ完成品に近付きつつあることがお分かり頂けるだろう。
真希の因縁の相手を園田監督から萌にシフトしたことにより、監督に振り回される由乃らと真希のドラマパートを明確に分けつつ同時進行させることが出来た。真希の心情も分かりやすくなったと思う。

とはいえ、ただ先を越されただけで挫折するような真希でもない。その後輩を通して自分の「覚悟のなさ」を見せつけられたことこそが原因であるようにしたかった。さらにその場合、ガツガツした後輩よりナチュラルボーンアクトレスみたいな子の方がより効果的だ。こうしてあの天真爛漫な売れっ子女優・澤野萌(CV:水瀬いのり)は誕生したのである。

では具体的にどんなエピソードで表現すべきか。
ありきたりなシーンでは視聴者の心に引っ掛からない。「えっ?」と画面に注目してしまうような意表を突いたワードが必要だ。そうして辿り着いたのが「セミ」だった(笑)。

深夜のバラエティ番組、ゲテモノ食いのコーナー。真希でさえ箸をつけられなかったセミの唐揚げを、萌は「いっただっきまーす!」と躊躇なく食べた。しかも売れようという計算ではない。それならむしろ他のタレントと同じようにキャーキャー悶えている方が正解である。萌はただ「役者としての引き出しを増やすため」だったと言う。こんな経験、滅多に出来ないから、と。その姿勢に真希は打ちのめされるわけである。

これを出来るだけ端的に印象強く表現しようと呻吟した末に降りてきたのがあの、「でもセミは食べなかった!」のセリフである。覚悟の足りなかった自分に対する不甲斐なさや悔しさが、これだけで伝わってくる。
しかし初稿でこの台詞を書いた時、みんなぽかんとしていた。この人ちょっと何言ってるか分かんない。
まあ無理もない。意味は分かるにしても「何でセミなの?」と(笑)。ヘンな趣味でもあるのかと思われていた節もある。

私は必死で熱弁を振るった。ただ「私には覚悟がなかったんだ」とか普通に言わせても耳には残らない、象徴的なセリフがいいんです!
嬉しかったのは、誰も頭ごなしには否定してこなかったことだ。それだけ言うのなら汲んであげよう、ただどうすればより分かりやすくなるかは議論しよう、と。
この一件で私は完全にホン打ちメンバーを信頼した。この人たち相手なら全力で腕を振るうことが出来る。

そうするとフリーになった園田監督(CV:浦山迅)は賑やかしの役回りとなる(笑)。ホン打ちの最中もみんな盛り上がりまくって、結果的にあのような暴走キャラになった。「シナリオは生き物だよ」「お前、ファイア」はJUMBO齋藤氏の案。さらに絵コンテでも肉付けがされていき、あの「よーうぇ、スタッツァ!」はそこで生まれたものである。
ちなみに「園田監督」というネーミングに他意はない。決して三寒四温的な何かではない。

さて、もう一つの大きな変更点は空き家問題の件だ。
ここにも真希を絡めるのはさすがにトゥーマッチではないかと。クライマックスの心情変化も分かりにくいし、真希のキャラとも違う。
そういうわけで空き家の件は真希と完全に切り離すことにした。
むしろこれは地元民のしおりこそ絡めるべきでは?と。
真希の挫折ラインとしおりの空き家ライン、二本が同時に走ることになったが前後編なら上手くハマるだろうという確信があった。
初めて大役を任されてテンパっている由乃がしおりとぶつかるのも自然な流れである。
しおりも人生でここまで追い込まれたこともないからあれくらいのことは言ってしまうだろう。

最も頭をひねったのはクライマックスである。走らせた二本のラインを同時に収束させなければならない。
園田監督のいつもの思い付きにより、燃え盛る民家に飛び込むシーンが追加される。
萌は自分がやると言い張るが、マネージャーは断固として許可しない。
ここで敢えて真希が萌の代役を買って出るのである。
そのことによって真希は自分がどれだけ芝居が好きなのか、再認識することとなる。

一方のしおりは由乃と和解はしたものの、まだどこかわだかまりのある様子である。そしてそれを由乃も何となく感じ取っている。
先述のプロット直しにあるように、焼け落ちた民家の柱を使って彫刻を作ってもらうというのは悪くないアイディアだった。
だがもっと即効性のある方法でなければならない。撮影の終わったその場でしおりが由乃のことを好きにならずにはいられないほどの。

そこで閃いたのがあの「エンドロール」である。民家の持ち主だったおばあちゃんの名前を映画のエンドロールに入れて欲しいと由乃が助監督に頼んでいたのだ。家はなくなってしまっても、おばあちゃんの名前とともにフィルムには永遠に焼き付けられる。国王がちゃんと自分の意を汲んでくれたことにしおりは感激する。
こうして二本のラインを現場でほぼ同時に収束させることが出来た。

続いては、本編をエア実況する形で私の解説を述べていこう。

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