サクラクエスト

この稿では真希と巌の関係を中心に考えたので、その点に関してはある程度腑に落ちるものになっている。「ここを東京の代わりにするな」というフレーズも悪くないし、少なくとも私自身は真希の苦悩も巌の心情も納得できた。
だが今度は肝心の町おこしがおろそかになってしまった。ドラマだけでも町おこしだけでもダメ。採り上げた題材については一定の落としどころを見つけなければならない。建国祭での失敗を経て、由乃らは一段高いステージへ登った。もう以前のように「また失敗だったね、あはは」では済まされないのである。

真希が廃校を利用して劇団を立ち上げるというネタは早い時期に浮上していた。普通に考えればその組み合わせが妥当である。が、それで真希の問題は解決したとしても廃校の問題は依然として残ったままなのだ。ここに『サクラクエスト』という作品の難しさがある。

私が直しという名の底なし沼に嵌っていたとき、監督から毎度のように言われた言葉がある。
「由乃のドラマがないですね」
ただでさえ真希の再生と父親との和解、廃校問題の解決を描かないといけないのに、これ以上どうしろというんだ?正直もう参っていた。打ち合わせが終わる度に横谷さんを引っ張り回して居酒屋でクダを巻いていたものである。「もう僕、無理ですー」と。降りてしまおうかと半ば本気で考えてもいた。

というわけでもう一本だけ途中のプロットを披露しよう。
由乃のドラマについてはこれといった答えの出ないまま、ひとまず真希の再生を主眼に直したものである(19話は既にシナリオ作業に入っていたため、ここでは後半の20話のみ)。

『サクラクエスト』第20話プロット1(2017/01/02)

<概要>
 真希編。中途半端な生き方を脱却し、なおかつ自分の好きなことを貫くため龍の唄を芝居で見せることを思いつく。廃校の体育館でかぶら座を立ち上げる。

<ゲストキャラ>
緑川巌……真希の父。間野山西小学校の教頭
関根百合……間野山市教育委員会委員
富田林一……スーパー『セレブ』店長

<プロット>
 真希とは今後のことについて合意を得ないまま、由乃は廃校の件で教育委員会に相談するため市役所へ。応対したのは関根百合という委員だった。
「早速ですが、廃校の美術室を開放することは可能ですか?いま間野山に滞在中の世界的画家にアトリエを提供したいんです、お願いします!」
 返事を渋る百合に対し、「サンダルさんは子供たちに絵のレッスンをしてあげたいとも言っています」と畳み掛ける由乃。それを聞いた百合は快く了承する。
「まさに文化交流ですね。本来、廃校はそのような目的に利用されるべきだと思っていました。美術室をそのまま流用すればお金も掛かりませんしね」
「ありがとうございます!」

 市役所からの帰り、いつもよりキレのある由乃にしおりらはやや驚いている。真希がいなくなっても大丈夫なように、真希が安心して東京に戻れるように、自分がしっかりしなきゃいけないんだ、と由乃なりに気を張っているのだ。

 一方の真希は巌から言われた言葉を反芻していた。東京でしか出来ないことは東京でやれ――。あれは裏を返せば逆の意味にも取れる。間野山でしか出来ないことだってあるはずだ、と。
「私は……ここでしか出来ないこと、私にしか出来ないことを見つけてやる」

 廃校の美術室。素敵なアトリエを提供されたサンダルさんは大喜び。
「これで作業も進みます。ありがとうございます」
「作業……?」

 由乃らはついでに廃校の体育館も覗いてみる。
「ここも放置したままじゃもったいないよね……」
 早苗は壁一面に飾ってある木彫りの作品群に着目する。歴代の卒業生らによる卒業制作らしい。
「これ……駅舎に移設できないかしら」
例の桜池ファミリア計画に使えないかと考えたのだ。
「いいね!また関根さんに掛け合ってみようよ!」

 町を一人歩く真希。ここでしか出来ないこと。言ってはみたものの、本当にそんなものがあるのだろうか。真希がバス停を通り掛かったとき、ある風景に出くわした。バス停脇の小屋でサンダルさんが子供たちを相手に紙芝居を披露していたのだ。
 昔話を絵で読み聞かせている(龍の唄モチーフではなく、普通にポピュラーなものでいいかも。あるいは海外の童話)。子供たちは目を輝かせながら話に聞き入っている。かつての自分が物語に夢中だったように。
「そっか……こういうことなんだ……」

 アンジェリカの店でランチ中の由乃ら。しおりがみずち祭りの大まかな予算を計算してきたと言う。現時点でもかなり厳しい数字。市からある程度の助成金はもらえるようだが、それでも商店会の協力なしには成立しない。
「とにかく、切り詰められるところは切り詰めていかないとね……」

 そこへ真希が駆け込んできて、由乃らにある決心を告げる。
「私……舞台劇を作ろうと思う。龍の唄を元に。それをお祭りの日に発表するの」
 唄だけでは分からなかったものが、物語にすることで子供でもすんなり入っていけるはずだと真希は言う。
「え……ってことは真希ちゃん、あの件は?」
 黒瀬監督のワークショップの件だ。
「あれは、いい。辞退する。でも誤解しないで。今回はたまたま間が悪かっただけ。私は何も諦めてないし、これからもチャンスがあれば攻めていく。とにかく、今は間野山でやりたいことを見つけたんだ。だからお願い、国王」

 じっと聞いていた由乃の目が安堵で潤んでくる。
「良かったー!私、あんなこと言っといて真希ちゃんいなくなったらどうしよう、ってホントは不安で不安で……ありがとう!頑張ろうね真希ちゃん!」
 感極まり、真希に抱きつく由乃。周りの早苗らはちんぷんかんぷん。
「えっと、話が見えないんだけど?」

 事情を説明し、ようやく納得するしおり、早苗、凛々子。
「何よもう、水臭いわね二人とも」
「そんな時こそ相談してよー」
「内緒話は良くない……」
「ごめんね、私もちょっとパニクってて。そういうことだから、改めてみんなで頑張ろう!」
「で、肝心の役者はどうするの?あんたの一人芝居ってわけにもいかないでしょ?」
「そこはほら……」
 真希がニヤリと4人を見る。

 王宮の広間で台本を読みつつ芝居をする由乃ら。真希は折り畳み椅子に座り、鬼のような形相で見ている。かつて真希がいた劇団で使われた台本で練習しているのだ。しかし4人ともどうしようもなく棒である。
「ストップ!しおり、教科書朗読してるんじゃないんだよ!早苗、気取りすぎ!凛々子、声が小さい!由乃、何でただ歩くだけで棒なのよ!」
 目標を見つけてヤル気になったのはいいが、スパルタと化した真希に怯える由乃ら。
「そのうち灰皿とか飛んできそう……」

 チュパカブラ饅頭CM動画の時から薄々分かってはいたが、やはりあの4人に芝居は無理だと思う真希。祭りの遂行という最優先課題もあり、こちらにばかり付き合わせるわけにもいかない。
「よし、こうなったら正式に劇団を立ち上げよう。団員は町の人から募集する」
 が、ここでしおりが言いにくそうに、
「お祭り関連でこれ以上は予算出せそうにないんだ……。全部ボランティアでやってもらうしかないよ?」
 結局は素人集団ということになるが、真希が探せばそこそこの人材は間野山にもいるかも知れない。
「声が通る人、キャラが立ってる人、ヒマそうな人!とにかく片っ端からスカウトしてみるよ。裏方含めて10人集まればとりあえず何とかなるから」
「でもこの時期、町を歩いてる人殆どいないよ?」
「どっか人が集まるところはないかな……それも老若男女まんべんなくいるようなところ……そうだ!」

 真希が閃いたのはスーパー『セレブ』だった。ここなら町の人は大体利用しているし、老人から子供まで幅広い層が出入りしている。
 店長の富田林に相談する真希。
「お店の隅でも構いません、劇団員を募集させてもらってもいいでしょうか?」
 富田林はドンドコ倶楽部の指導もボランティアで務めており、芸事には理解のある方である。
「ふむ……確かにこの町には娯楽がない。映画館もなければ芝居小屋もない。若者が出ていってしまうのも無理はないと思ってました」
 人口が流出すればスーパーの売り上げにも影響する。町で唯一のスーパーとはいえ、決して安泰ではないのである。傍で聞いていた由乃もなるほど、と思う。
「というわけで店内を利用するのは構わないよ。ただ一つ、条件がある。こっちも商売なんでね、何かしらメリットがないとうんとは言えないな」
「……分かりました。じゃあ私が売り子をやります!その合間に募集するというのはどうでしょうか?」

 こうして真希は店内でサンタのコスプレをし、特売品の売り子をしながら劇団員募集のチラシを配ることに。これまでどこか醒めた雰囲気の真希だったが、何かの役になりきることで別人のように積極的になる。

「今日はブリがお得ですよー!照り焼きもいいですけど、寒い日はブリしゃぶなどいかがでしょうかー!あ、そこのお母さん、今夜のメニューはもうお決まりですか?」
 時にはおでんの特売を任されたりもするが、まるで卑屈になることもない。むしろ自分の間野山での知名度を活かし、「おでん探偵の(助手役)真希ちゃん」キャラとして売り子をやるとか。あるいは商品の特性によって毎回キャラを演じ分けるとか。
 さらに夜は脚本の勉強をし、龍の唄をモチーフにした台本を必死で執筆する。そんな真希の頑張りを陰ながら支える由乃ら。
「真希ちゃん、コーヒー淹れたよ。一休みしたら?」
「うん、ありがと。もうちょっとだけ」
「……なんか、私たちが見てた真希ちゃんってほんの一面だったんだなって思うよ」
「そりゃあ東京で挫折して戻ってきたわけだし。人生で一番落ちてる時だったからね」
「バイトしながら役者やってた頃って今みたいな感じだったんだ」
「どうだろ。でもやっと肚は決まったよ。食べていけるかどうかじゃない、自分が本当に好きなことをやれるかどうかなんだ、って」

 役者を諦めることは出来ない。だが食べていくことには見切りを付けた。その瞬間、気持ちが楽になったと真希は言う。食べていけなくても好きなことはやれる。
「東京でも間野山でもない私の立ち位置は確かに中途半端かも知れないけど……どこにいたって私は自分の『好き』を貫こうって思ったんだ」
 それが真希なりの生き方なのだろう。心から応援しようと思う由乃だった。
「そうそう!せっかくだし劇団名がなきゃね、ってみんなで考えたんだ」とメモを渡す由乃。『チュパカブラ王立劇団』とある。
「……これはちょっとどうかと思う」
「えー?」

 後日、由乃は巌に個人的に会いに行く。真希の役者としての大事なチャンスを結果的に奪ってしまうことになったからである。
「どうしてもお父さんにはお詫びしておきたくて……でも、いま真希ちゃんすごく頑張ってるんです。スーパーで売り子さんしながら劇団員を集めたり……」
「妻から聞いてるよ。あの根無し草がようやく腰を据えて一つのことに取り組み始めたんだ、むしろ君たちには感謝している。これからも、あの子をよろしく頼みます」
 それはそうと、劇団を立ち上げるとしてどこを拠点にするか決まっているんですか、と尋ねる巌。確かに、何をするにせよ稽古場は必要である。
「そうですね……王宮の広間も一応、観光客が来る場所なのでずっと使うわけにもいかないですし……」
 それを聞き、何やら思案する風の巌。

 セレブで売り子を続ける真希。次第に認知度も高まり、客から声を掛けられたりもする。クリスマスまでは続けるつもりらしい。ある時、浩介が同級生らと店を訪れる。
「あ、あれ浩介の姉貴じゃない?」
「ホントだ」
 同級生らは真希のことを、都落ちした売れない役者くらいにしか思っていないらしい。
「役者辞めて戻ってきて、まだ未練たらしくあんなこと……浩介も大変だな」
 姉を悪く言われ、カチンと来る浩介。
「自分で進路も決められないお前らに言われたくないんだよ」
「な、何だよ……じゃあお前はどうするんだよ」
「ずっと言ってるだろ。俺はこの町を出るつもりはない」

 そのやり取りを、同じく同級生らと来店していたエリカが聞いてしまう。この町のどこがいいのかまるで理解できないエリカは少なからずショックを受ける。
 一方エリカの同級生らは真希を見てうっとりしている。
「スタイル超いい……」
「カッコいい……」
 まるで宝塚女優でも見るような様子。思春期特有の同性への憧れのようなものであるが、元々さばさばした姉御肌の真希はこの世代の女子からは慕われやすいようだ。

 また由乃らも別働隊として劇団員を探していた。まずは観光協会から山田。高校まで演劇部に所属していたという(映画ロケの時、丑松に役を奪われて憤慨していたのはこのため)。丑松は頼まれもしないうちから「ワシの役は何じゃ?」と言う勢いである。さらに柿村、平、渋川のトリオも「真希ちゃんが優しく指導してくれますよ?」との言葉にまんまと騙されて入団。

 ドンドコ倶楽部の練習場所にて。富田林は巌に礼を言う。
「真希ちゃん効果かどうか分からないけど、去年より売り上げが増加したよ。ありがとな」
「とんでもない、トンちゃん。こっちこそ、娘に居場所を与えてくれてありがとう」

 そして迎えたクリスマスイブ。真希は王宮前でじっと待っていた。チラシに記載した通り、入団希望者はこの日にここへ集合することになっている。本来であれば真希はワークショップに参加しているはずだった。それを蹴って地元で劇団を立ち上げることを決めたのである。果たしてその選択は正しかったのか――。

 が、集まったのはエリカの同級生である女子中学生4人のみ。あんなに呼び掛けたのに、やはり田舎で芝居をやるなんて無謀だったのか――。
 そこへ、由乃らがぞろぞろと人を連れてやって来た。山田やシブがきトリオ、虎爺やキヨ婆の姿もある。これでどうにか10人は揃った。
「良かったね、真希ちゃん」
「劇団結成、おめでとう!真希!」
「……ありがとう、みんな!」

 劇団員の前で所信表明する真希。
「まだ稽古場どころか名前も決まってない劇団ですが、皆さんに芝居の楽しさを伝えられるよう頑張ります。みんなで町を盛り上げていきましょう!」
 そこへ由乃が、「稽古場ならあるよ」とニコニコしながら言う。
 由乃が真希らを連れてきたのは、廃校の体育館だった。
「ここを稽古場兼劇場に使っていいんだって。教育委員会からも許可をもらってるから」
「え……ホント?由乃たちが掛け合ってくれたの?」
「まあ、サンタさんからのプレゼントってことで」
 実はあれから巌が動いてくれたのだった。では、使用料や光熱費等についてはどうするのか。そこに現れたのは富田林だった。
「劇団についてはスーパー『セレブ』が後援しますよ。微力ながら地元の文化活動に貢献できればと常々思っていたのでね」

 こうして晴れて劇団としての体裁をなした真希の一座。
「ここから始まるんだ……私の第一歩が」
「真希ちゃん、劇団名どうするの?」
「それはもう考えてある」
 用意しておいた幟を颯爽と立てる真希。『かぶら座』とある。
「今日から劇団『かぶら座』旗揚げだ!」

 後日、緑川家の近く。家から出てきた巌が真希の姿に気付く。今回の廃校利用の件で動いてくれたのが巌だと薄々気付いたらしく、ぶっきらぼうに礼を言う真希。
「ありがと。助かった」
「で、今年の暮れはどうするんだ。正月くらい戻ってこい」
「まあ……考えとく」

<了>

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