JOLK 〜戦時下を生きたアナウンサーたち〜

初のラジオドラマ。しかもラジオ放送開始100周年記念、前後編90分の長尺、戦時中が舞台、現役アナウンサーと高校生による公開収録と、初めて尽くしの作品だった。

1.企画の経緯

そもそもの発端は2023年にNHKで放送されたスペシャルドラマ『アナウンサーたちの戦争』(作:倉光泰子)である。

【あらすじ】
太平洋戦争では、日本軍の戦いをもう一つの戦いが支えていた。ラジオ放送による「電波戦」。ナチスのプロパガンダ戦に倣い「声の力」で戦意高揚・国威発揚を図り、偽情報で敵を混乱させた。行ったのは日本放送協会とそのアナウンサーたち。戦時中の彼らの活動を、事実を元にドラマ化して放送と戦争の知られざる関わりを描く。

かなり骨太な作品で、視聴者からの反響も大きかった。自身が戦争に加担したドラマをNHKが作るなんて。
ディレクターは一木正恵さん。『いだてん』『おかえりモネ』など数々の作品を手掛けた超ベテランかつ気骨の人である。実は以前よりご主人を通じて知己を得ていたのだが、仕事で声を掛けていただけるほどの実績も私にはなく、やきもきしていた。
2024年、その一木さんにある人物が相談を持ち掛けてきた。翌年のラジオ放送開始100周年に向け、自分も『アナウンサーたちの戦争』のようなラジオドラマをやってみたい、誰かいい脚本家を知りませんか、と。それが当時NHK福岡のアナウンサーだった一橋忠之さんである。
「福岡」というワードで一木さんは私のことを思い出し、一橋さんをご紹介くださったのだ。有り難い話である。

同年4月、一橋さんは同じくアナウンサーの井原陽介さんとともに上京、わざわざご挨拶にいらっしゃった。
『アナウンサーたちの戦争』をラジオドラマでやるにしても、地方局である福岡を舞台に何が出来るのか。そんな疑問を抱く私に一橋さんが用意してきた題材が、1942年に発生した周防灘台風である。
1941年の太平洋戦争開戦に伴い、敵に情報を与えるとして軍部は気象情報の発表を一切禁止した。そのため周防灘台風の際は避難の呼びかけもままならず、九州北部や山口県沿岸部で死者・行方不明者1158人もの犠牲を出すこととなった。
「こうした要素を踏まえて、オリジナルの作品を制作したいと考えています」
恥ずかしながら、全く知らなかった。これも一つの戦争の惨禍だ。十分にドラマに成り得る。彼はこれをドキュメンタリーで(恐らくアナウンサーなので朗読劇風に)やろうと考えていたそうだが、私からはこう提案した。
「せっかくなので実話を基にオリジナルドラマをやりませんか?」

ここからが長かった。NHKはドラマ制作の際、必ず入念に取材や調査をする。ただ戦後80年近く経っており、当時の関係者を探し出すだけでも膨大な時間と手間を必要とした。一橋さんや井原さん、同じく当時在局していた姫野美南さんらNHK福岡のアナウンサー総掛かりで資料にあたり、私の執筆に必要な情報を調べ上げてくださった。段ボール箱いっぱいに資料が送られてきたこともあった。その並々ならぬ努力には敬意を抱くほかない。私の方でも愛宕のNHK放送博物館を取材したり、古本屋で資料を漁ったりした。中央ならともかく、地方局の資料となると極端に少ない。しかも敗戦直後に重要な書類はことごとく焼却処分されたという。

そんな中、非常に貴重な資料を一橋さんたちが見つけてくれた。井上精三さんという、ちょうど戦時中に福岡局で放送部長を務めていた方が遺した手記『博多放送物語:秘話でつづるLKの昭和史』である。これが私にとって最も重要な執筆のよすがとなった。主人公も彼をモデルにしている。
なお、福岡放送局のコールサインはJOLK。東京はJOAK、大阪はJOBK、名古屋はJOCKと、原則として開局した順番にアルファベットが割り当てられる。

2.勉強と取材の日々

戦時中の歴史についてはいずれ体系的に学ばねばならないと考えていた。その意味では良いタイミングでオファーが来たと思う。点と点が線になり、線が結ばれ面になる。断片的だった知識が強靱な盾になっていくのを感じた。それにしても、当時のメディアの悪質さ、無責任さには怒りを覚える。当時のラジオは新聞社の記事を流すだけの機能だったとはいえ、アナウンサーという肉声を通して放たれるだけにタチが悪い。まともな言論があっという間に抑圧されていく様子は現在にも通じるものがある。当時のアナウンサーたちは本当にどういう思いで仕事と向き合っていたのだろうか。

2024年夏、その一端に触れることが出来た。
終戦の前年に入局した初代女性アナウンサー・大山ツヤ子さん(98)への取材が実現したのである。
あの玉音放送を担当した和田信賢アナウンサーを間近で見ていたという、まさに生き証人。現在は神奈川県にご在住とのことで、福岡から取材にいらした一橋さんと姫野さんに私も同行させてもらった。
ついでに言うと取材の前にお二人は我が家へ立ち寄ってくださり、恥ずかしながら仕事部屋でインタビューまで受けた。その様子はNHK福岡の『ロクいち!福岡』で放送され、挙動不審な姿を晒すこととなった。

大山さんは100歳近い御年でありながら当時のこともしっかりと覚えていらっしゃった。もう戦争経験者の生の声を聞く機会なんてないと思っていただけに、貴重な体験となった。戦争が終わったのが嬉しく、真っ先に赤いスカートを穿いたというエピソードが印象的で、劇中でも使わせてもらった。なお、ヒロイン役の今岡咲子は大山さんの同期で福岡出身の今村幸子さんをモデルにしている。

3.前代未聞の公開収録

当時の福岡放送局に誰が所属していたか、姫野さんたちが必死で調べても確実な資料は出てこなかった。そこで、主人公の木下精二(モデル:井上精三)とヒロインの今岡咲子(モデル:今村幸子)以外は、その時期LKにいても不自然ではないラインで配置させてもらった。
さて、ここで詰めておくべき要素が出てくる。キャスティングはどうするのか、である。さすがに俳優を使うだろうと思っていたら、なんと一橋さんは「自分たちで演じます」と仰った。姫野さんは放送部出身で芝居経験はあるものの、一橋さんは小学時代の学芸会以来だという。ほぼ素人である。他のキャスト候補もアナウンスのプロではあるが、芝居は未知数。正直、「大丈夫か?」と思った。しかし、当時のアナウンサーを現役のアナウンサーが演じるというのは意義のあることだ。何だかんだ言って喋るのには慣れているから大丈夫だろう。
と、ここでさらに一橋さんが驚くべき提案を。
「どうせなら県内の放送部所属の高校生の中からオーディションをして数名キャストに選びたいです」
しかもお客さんを入れてステージで公開収録をしたいと。まさかの一発録り。もはやラジオ収録ではなく、舞台である。
ただでさえ日常業務で大変なのに、自分で自分の首を絞めに行くストロングスタイルの一橋さん。カッコいい。

というわけで、私も審査員として立ち会わせてもらった。応募者の中には母校の修猷館の生徒もいて感慨深かった。
本来は三名ほどの採用のつもりが、あまりに上手な生徒ばかりなので絞りきれず、七名にまで増えてしまった。どうしよう。アナウンサー陣を含めると総勢14名になってしまう。声だけのラジオドラマでそんな人数捌けるのか?どうやら自分の首を絞めたのは一橋さんだけではなかったようだ。

それでもどうにか公開収録の二ヶ月前には準決定稿レベルにまで精度を上げた脚本を提出し、彼らも毎週のように局内で通し稽古をして練度を高めていった。稽古中に出た疑問点や改善点などをこちらで修正し、決定稿になったのは2月。オファーを頂いてから実に一年が経とうとしていた。

公開収録は3月9日。
お客さんは抽選で選ばれたおよそ300名!
美術スタッフがしっかりとステージを組んでくれて、まさに舞台の幕開けといったところだった。ここまで来れば私の役目はもうない。アフタートークに登壇することにはなっているが、それまで舞台を楽しませてもらおう。

一橋さんをはじめ舞台未経験者ばかりとはいえ、稽古はウソをつかない。皆しっかりと自分の役を演じきっていた。生収録のプレッシャーもあるだろうに、誰一人噛むこともなかった。隅の座席で鑑賞していた私は、自分が書いたことも忘れて感激しきりだった。お客さんもコメディパートでは大いに笑い、シリアスな場面では鼻を啜る音も聞こえてきた。
そして最後は万雷の拍手。
ああ、これだ……舞台ってやっぱりいいよなあ。
この夜、一橋さんらと飲んだビールは最高だった。

4.内容について

あらゆる面で初めて尽くしだった今回の作品。脚本作りも難航を極めた。ラジオドラマ自体は初だが、ドラマCDを多く手掛けてきた経験はある。大変だったのは「戦時中の話である」「史実を基にしている」「尺が未確定」「資料が少ない」あたりか。
登場人物もモデルがいる以上、あまり逸脱した言動はさせられない。史実に基づいた部分は絶対にアレンジしてはならない。尺も後から二部形式になることが決まり、初稿から30分ぶんほど加筆しなければならなかった。
LKに関する資料の少なさは仕方ないにしても、当時の福岡の様子が分からないことには描きようもない。ここで大いにお力添えを頂いたのが、福岡近代史研究家・アーキビストの益田啓一郎氏。地元メディア関係者の間では知らない人はいないほどの有名人で、『ブラタモリ』にも案内人として出演されたりしている。まさに「歩く福岡史」。『なつやすみの巨匠』製作時に存在を知っていたらもっと大きな展望があったやも知れず、いつか地元の仕事が来たらお声掛けしようと思っていたのだ。
益田さんは戦前からの福岡の地図・写真など膨大な数を蒐集しており、何か質問すれば見てきたかのように答えてくださる。何年何月のこの地区に××はなかった、とか。今回の作品には欠かせない存在だった。逆に言えば、いかに自分が郷土のことを知らなかったかを痛感したわけだが。

さて、肝心のストーリーについて。

【あらすじ】
ラジオが一般家庭にも普及した太平洋戦争時の日本。日本放送協会のアナウンサーは日本軍の快進撃を雄々しく伝え、国民の戦意を高揚させていた。その一方で、重要な軍事情報として統制されたのが気象情報だ。台風が接近しても限られた防災情報しか伝えられず、多くの命が失われた。もどかしさと無力感を抱く福岡放送局のアナウンサーたち。「必要な情報を届けられないのなら、自分たちは何のためにいるのか」――戦況は悪化し、ついに福岡市にも空襲警報が発令される。本当に沈黙を貫くべきか、それとも……。

益田さんのご協力により史実関係のリアリティは担保されたわけだが、ストーリーを紡ぐのはあくまで私だ。これが面白くなければ元も子もない。一橋さんが提案した周防灘台風はもちろん採用するが、これだと単にLKのアナウンサーが情報統制に抵抗できず、みすみす犠牲者を出しただけで終わってしまう。二部形式ということもあり、後半はさらに悪化する戦況の中でも精一杯の抵抗はしたんだという姿を見せたいと思った。

そうやって血眼になって井上精三氏の手記を読んでいたら、非常に興味深い記述が見つかった。戦時中、空襲警報が発令されるとラジオ放送は強制終了となるのが通例である。敵機が放送電波を受信し、現在位置を特定できることになるからだ。そのためにラジオは敵機の襲来時刻や方角、標的予測も伝えることが出来ずにいた。小倉市(当時)の兵器工場で勤労動員されていた若者ら80名以上の命がB-29の爆撃により失われた悲劇も、もしかしたら防げたかも知れないのだ。そのことに義憤を抱いた井上氏は西部軍管区司令部に命懸けで直訴した。これによって日本で初めて、「空襲警報発令中における防空情報の放送」が実現したのである。

「これだ!」と思った。
ちゃんと一矢報いているじゃないか。地方局にもこんなドラマがあったんじゃないか。この発見のおかげで脚本はもう完成したも同然だった。
とはいえ結局は敗戦を迎えるわけで、物語としてそこまで描かないわけにはいかない。終盤ははっきり言って私の創作である。福岡市もついに空襲され、LK局舎も被災した。そんな中で彼らは足で得た情報をもとに屋上へ上がり、逃げ惑う市民に肉声で避難情報を呼び掛ける――その精一杯の矜持が、現在の誰かの命に繋がった。そういうひとかけらの救いを描いて物語を締め括った。

この結末について、「支持できない」と書かれた批評を目にした。一言でいうと「綺麗事」だということだ。しっかり作品を鑑賞した上での批評なので有り難いことではある。私自身、綺麗事であるのは百も承知で書いた。『アナウンサーたちの戦争』は徹頭徹尾、国民の戦意を高揚した放送協会に対する自己批判で貫かれていたと思う。ただしそれは中央の事情、物語であって、地方には地方のもどかしさはあったはずだ。情報誌のインタビューでも答えたが、ただ「戦争になりました。強いものに抗えず加担してしまいました。反省しています」だと、教訓にはなっても救いにも希望にもならない。公開収録ということもあり、お客さんにげんなりしたまま帰ってほしくもなかった。その想いがあの「屋上からの呼び掛け」だったのだ。

確かに綺麗事ではあるが、綺麗事を言うにも勇気が必要なのである。何故なら「言ったことに責任が伴う」から。それを現役のアナウンサーが演じた。「私たちはこれからも過去の反省を忘れず、この仕事に向き合っていきます」という姫野アナの決意で物語は幕を閉じる。ある意味、踏み絵のようなものだ。公開収録の後、一橋アナと姫野アナはオンエアを待たずに辞令により東京へと戻ることとなった。どうか中央でもしがらみや圧力に負けず、今作で自ら放った言葉を忘れずにいてほしい。

そして私自身、こんな作品を書いた以上はもう日和見主義ではいられない。言うべきことは言っていく。最近の社会情勢は異常である。まさに戦前の空気そのものだ。たとえ嫌われようが疎まれようが、ガンガン政治の話もしていく。市民の無関心や事なかれ主義、権威主義が80年前の悲劇を招いたのだと。言論の自由は、失ってからでは遅いのだ。

今作は非常に有意義な経験を私に与えてくれた。素晴らしきキャストの皆さん、本当にありがとう。


【スタッフ】
作:入江信吾
音響効果:大道健太
技術:高橋英明
監督:井原陽介
制作統括:西東大

【キャスト】
木下精二:一橋忠之アナ
今岡咲子:姫野美南アナ
中林義光:塚本貴之アナ
石橋健生:小林将純アナ
北村多恵子:河野こころさん
木下みどり:道上美璃アナ
芳若貫太郎:吉竹顕彰 気象予報士
事務員・緒方+最終章の母:住川愉さん
技術員・山内:島田有吾さん
参謀・大塚:柴崎行雄アナ
咲子の母・百合枝+最終章の娘A:西井智央さん
咲子の弟・克彦:武藤大樹さん
咲子友人の初美+最終章の女子高生さくら:堀尾南月さん
咲子友人の由紀子+最終章の女子高生結衣:中村梨々華さん
新井秀和アナ
佐々木理恵キャスター
(※敬称付きは高校生の皆さん)

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