実は既に深川栄洋監督と別の脚本家とでホン作りは進行していた。
直しもかなりの回数に上り、制作陣の間でも「まあ大体こんな感じだろう」というところまでは来ていたという。
しかし、何かが足りない。
このままクランクインするわけにはいかない、というのが主に配給側の意見だった。

要するに行き詰まっていたのである。
「じゃあこの辺で新しい血を入れますか」と誰かが提案し、それぞれのPが心当たりの脚本家にオファーを掛けることになった。
これが経緯である。

恐らく私が数年前のままであれば橋口Pが声を掛けてくることはなかっただろう。
当時と違うのは、私が『RISE UP』で映画デビューを果たしていたことである。
彼にとっては埋め合わせの意味もあるだろうが、それだけはない。
実績があるからこそ私を選んだ。でないと自信を持って推薦など出来ないからだ。

つくづく思う。
この世界において、1と0との間には100ほどの開きがあるのだと。
最初の扉を開くのがどれだけ大変で価値のあることか。
逆に一度開けば次々と新たな扉は現れる。仕事とは、実績とはそういうものだ。
その意味でもあの時私を推してくれた中島監督には感謝してもしきれない。

とにかく、全てのタイミングが神懸かり的に揃っていた。
たまたま私が『白夜行』が大好きでドラマ版も原作もしっかり頭に入っていたこと。
別ルートで映画デビューを果たしていたこと。
映画版の企画が迷走しかけていたこと。

「君がヤル気なら最新のホンを渡すよ。自分の思うように直してみて。ただ申し訳ないけど時間があまりないんだ。大丈夫?やれる?」

橋口Pが指定してきた猶予はわずか5日間。映画でこのスケジュールはまず有り得ない。
しかし私はこれを3日で直した。
この状況でこの作品に適応できるライターは自分しかいないという自負があった。
私にとってはむしろ仏陀の垂らした蜘蛛の糸だったのである。

結果、私の直したバージョンは制作陣に概ね好評だった。
ホリプロの某Pは「入江さんのホンを読んでこの企画で初めて泣きました」とまで言ってくれた。
ちなみに彼とは以来、テレビの仕事でよくご一緒している。

そういうわけでいつの間にか私がメインライターになっていた。